つづき
二つ目のボーダーライン。
それは、現代社会における美術の立ち位置が、それ以前と比較してより深く関わり合ってきたということです。
はるか昔、西洋においては画家という職業はなく絵描き職人という肩書きでした。要するに購買者がいて絵描きが成り立つ、という仕組みでしかなかったのです。こんな宗教画や肖像画を描いてほしいとお金を払い絵描きが描くといった具合に、ある意味では現在のデザイナーの先駆けのような存在でした。
しかしながら15世紀中頃から絵描き職人が自画像というものを描き始めると同時に、画家という思想家に転身を遂げ始めます。かのレオナルド・ダ・ヴィンチが「絵画が他のいかなる表現よりも卓越している」と述べたように、画家としての思想家に変わり始めた時期でした。(この辺りは田中英道氏著の「画家と自画像」をご参考ください。)
現代美術のおいて、先のレオナルドの発言が必ずしも正しいとは誰も思わないでしょう。なぜなら先に述べた通り、私たちが手に出来るメディアが多種多様に及んだことが挙げられます。同時に、一般庶民である我々が世界のいかなる事象をも知り得ることが出来、政治、経済、戦争、情報処理、宗教などへの興味関心をより一層引き上げ、美術というカテゴリーにより強いメッセージ性を求めるようになります。
それが、美術家の思想と交わり合い、現代社会の現実を非現実化し、より明確にギャラリーへと訴えかける表現方法で具体化されるのです。
つまり美術家の思想自体が、現代社会のなかでより多角的に変化を好む傾向が強くなったと言っても過言ではないということです。
この「多様なメディアの選択と思想の変化」二つのボーダーラインが「美」というものだけを表現するのではない美術家の精神を形作り、現代美術とそれ以外という枠組みを融和させているのだと思います。
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